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「日本舞踊:科学的アプローチと基礎研究」

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発表:「日本舞踊の英語表記に関わる研究:明治期「舞踊」用語成立の過程」

出羽 尚

(日本大学芸術学部ポスト・ドクター)

要旨

本発表では、「日本舞踊」を固有の舞踊様式を表す専門用語としてとらえ、それをどのように英語に訳すかという研究課題に取り組むための基礎的な調査の一部を報告する。つまり、専門用語としての「日本舞踊」の概念を規定するために、特に「舞踊」の用語に着目し、明治期に登場したこの新しい用語の成立過程について検討する。
郡司正勝は「舞踊」という語は、坪内逍遥が明治37年(1904)に発表した『新楽劇論』の中で用いてから普及したと推定している(「逍遥の「舞踊」という語」『坪内逍遥研究資料』第7集、昭和52年、新樹社)。郡司によれば、逍遥以前にも「舞踊」という語は存在した。その場合、ルビのないものもあったが、「まいおどり」あるいは「おどり」といったルビがふられ、日本に古くからある「まい(舞)」と「おどり(踊)」の両概念を指す語であった。しかし、西洋のdanceを意味する語として当時用いられていた「舞踏」と区別する意味で、とくに日本のdanceを意味する語として「ぶよう(舞踊)」と読ませたことが逍遥の功績であるという。その後、この語は洋の東西を問わずにdanceを包括的に指す語として用いられるようになった。
しかし、「舞踊(ぶよう)」の語は少なくとも明治11年(1878)の英文学翻訳『花柳春話』にさかのぼることができるし、明治20年(1887)出版の英和辞書『挿画訂訳英和対訳新辞書』にはdanceの訳語として「舞踊」が用いられている。つまり、「舞踊」用語の確定と普及にあたって逍遥の功績が大きいとすることには頷ける一面もあるが、「舞踊」の用語成立には、逍遥がこの語を用いるに至った背景をさらに探る必要がある。
ここでは、逍遥が残した「舞踊」の定義に関わる記述と、同時代の辞書の定義を参照することによって、現在用いられる「舞踊」の用語が、明治期にどのような過程を経て登場し、逍遥が用いるに至ったのかを確認したい。

プロフィール

日本大学大学院芸術学研究科芸術専攻博士後期課程修了。博士(芸術学)。リーズ大学大学院美術史専攻修士課程修了。学位論文「ターナーの風景画の構成」(2006.1、日本大学)。ORCNANAプロジェクト:2005(後期)年度リサーチ・アシスタント、2006年度ポスト・ドクター、研究課題「国際的視点からみた伝統芸能のコミュニケーション研究」。美術史学会・美学会所属。

発表者紹介および要旨
丸茂 美惠子 氏
内藤 浩誉 氏
安室 可奈子 氏
田口 文哉 氏
出羽 尚 氏
渡沼 玲史 氏
三戸 勇気 氏
篠田 之孝 氏
入江 寿弘 氏
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